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散る別れこそ


すっかり親しんだ桜


ながむとて 花にもいたく 馴れぬれば 散る別れこそ 悲しかりけれ

西行

春の訪れに花を添えてくれた、桜との別れが少し寂しく感じられます。

そんな中、大半が遅咲きの八重桜のため、まだまだ見頃を保って桜の名所として知られる大阪造幣局桜の通り抜け


今年は4月15日まで開催されます。

明治時代から続く春の恒例行事で、長さ560メートルの並木道で八重桜を中心に131種350本の桜を見ることができます。

お花見に行きましたか?

花見=宴会というイメージを持つわたしなのですが、花見で泥酔するのは無粋というもの。ほろ酔いで桜に酔うのが風流な花見酒。コンビニ弁当を重箱に詰め直すだけでも雰囲気満点の花見弁当に。

風呂敷を使うのも素敵な演出です。ビニールシートではなく花ござを敷けば、桜の根本にも優しくて情緒たっぷり。ちょっとした会話にも「桜ことば」を散りばめたら、もう完璧です。

さて、潔く散ってゆく桜の花、このような美しい花とともに逝くことができたら、そう願ったのは平安時代末期の歌人、西行法師です。冒頭でも紹介しました。


願わくは 花の下にて 春死なむ その如月の 望月のころ

西行

西行と言えば、若かりし頃は北面の武士として院を護衛し、出家後は各地を巡って多くの歌を詠みました。その一つは、中3国語の教科書のなか、「万葉・古今・新古今」にも出てきます。西行の歌は、後鳥羽上皇の勅令で藤原定家らが編集した『新古今和歌集』に、最も多い94首入選しています。また、彼の生きざまは江戸時代の俳聖・松尾芭蕉に大きな影響を及ぼしました。

西行は、詠んだ歌のとおり旧暦の如月(新暦では桜の花が咲くころ)に生涯を終えるわけですが、その生きざまに当時の人々はいたく感動したようです。恥、責任、潔さ、これらの心的要素に生きざまの美しさを感じるのかもしれません。

「花は桜木、人は武士」

と昔の人は言ったそうです。まだ桜と別れるのは名残惜しいですが、葉桜を見ていて、ふと、そのようなことを思いました。

名残惜しいですが桜の季節はもう終わりです。だんだん桜に葉っぱができてきました。 本格的な春の訪れ、花散らしの雨風はつきものと云えども恨めしいですね。


花に嵐のたとえもあるぞ 
さよならだけが人生だ


井伏鱒二

さよならだけが人生だから、今この出会い、時間を、大切にしよう!

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